Q08 なぜ、すぐに実現しないのでしょうか。
A08 ケーブルに使うことのできる強さと軽さを兼ね備えた材料がまだ存在しないからです。
宇宙エレベーターの実現にとって最も重要なのは、ケーブルです。宇宙エレベーターのケーブルは、潮汐力【ちょうせきりょく】によって、静止軌道高度より地球側では地球の方に、宇宙側では地球と反対の方に、引っ張られます。潮汐力とは、重力の大きさの差によって働く物体を引き延ばすような力のことで、満潮と干潮が一日に二回ずつあるのも、月による潮汐力の効果です。
宇宙エレベーターのケーブルは、この潮汐力によって支えのない宇宙空間に直立します。しかも、宇宙エレベーターのケーブルは全長10万キロメートルと長いので、潮汐力がケーブルを引っ張る力も大きくなります。ケーブルを引っ張る力は、静止軌道高度のところで最大になります。この力に耐えることのできる材料が、まだ存在しないのです。
宇宙エレベーターのケーブルに求められる要素は、強さと軽さです。強さが求められるのは、ケーブルを引っ張る潮汐力に耐えなければならないからです。軽さが求められるのは、潮汐力の原因がケーブルに働く重力なので、重ければ重いほど、大きな力で引かれるからです。強さだけでも、軽さだけでも、不十分です。宇宙エレベーターのケーブルをつくるのが難しいのは、強さと軽さの両方を求められるからです。
宇宙エレベーターのケーブルに求められるのは強さと軽さ
宇宙エレベーターのケーブルをつくるための強さと軽さを兼ね備えているかもしれないのが、カーボンナノチューブです。カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形の網目構造で円筒形状になった物質です。ダイヤモンドと同じように、炭素原子同士の結合だけでできているカーボンナノチューブは、原子が最も強く結びついている物質の1つです。しかも、円筒形状なので内部に空間があり、軽いという性質も合わせ持ちます。
理論的には、カーボンナノチューブの強さと軽さならば、宇宙エレベーターのケーブルとして使うことができるかもしれないということがわかり、宇宙エレベーターの構想は一気に現実味を帯びてきました。
しかし、まだ宇宙エレベーターのケーブルとして使うことができるほどの長さにする方法がありません。いまのところ、実際につくることができているカーボンナノチューブの長さは、最長でも数センチメートルほどです。宇宙エレベーターに使うには、炭素原子同士の強い結合だけで長さ10万キロメートルのケーブルをつくらなければなりません。しかし、長いカーボンナノチューブをつくるにしても、短いカーボンナノチューブを炭素原子同士の強い結合だけでつなげるにしても、簡単ではありません。いまのところ、その技術はありません。
炭素原子同士の強い結合だけで宇宙エレベーターのケーブルをつくるには、「ブレイクスルー」が必要です。技術の進歩には、連続的な段階と不連続な段階があります。例えば、コンピューターの処理速度が速くなっていくのは連続的な向上の段階、コンピューターそのものが発明されたのが不連続な段階です。このような、不連続な向上のことを、ブレイクスルーというのです。
長いカーボンナノチューブをつくるにしても、短いカーボンナノチューブをつなぐにしても、ブレイクスルーが必要です。そして、不連続な向上であるブレイクスルーは、連続的な向上とは異なり、いつ起きるかの予測が困難です。つまり、宇宙エレベーターのケーブルは、明日実現するかもしれないし、10年経っても実現していないかもしれない、というわけです。
さらに、もしも、いまケーブルの材料が手に入ったとしても、宇宙エレベーターが完成するまでには建造に時間がかかります。「どれぐらいの重さのものまで運べるものになるか」の項目でも説明しましたが、宇宙エレベーターの建造では、ケーブルの補強に時間がかかります。補強にかかると見込まれている期間は、構想によって様々ですが、だいたい数年から数十年の間です。
また、ケーブルの材料が宇宙空間できちんと機能するかを調べたり、実際にケーブルを制作したりする時間も必要です。いますぐケーブルが手に入ったとしても、宇宙エレベーターが完成するにはしばらく待たなければならないかもしれません。(佐藤 実)